WWEな日記

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クラッシャー・バンバン・ビガロが急死した。死因は公表されていない。19日にフロリダの自宅で死亡しているところを発見されたという。全盛期は160キロの巨体を誇っていたビガロ。アメリカンプロレスのマッスル至上主義の時代、レスラーの殆どが筋肉増強剤(アナボリック・ステロイド)を使用していた頃にナチュラルパワー全開で側転まで披露しながらリング内を縦横無尽に走り回っていたのが思い出される。今は何位?

ビガロの本名は、スコット・ビガロというらしい。クラッシャー・ユーコフの名前でデビューしたが、クラッシャー・ビガロ、クラッシャー・バンバン・ビガロと改名。ユニークなキャラクターで人気を博した。今回のビガロ死去のニュース、ビガロのテクニックを「モンスター・ファクトリー出身だから」と紹介する記事が多くを占めているが、昔の記憶を辿ると全くの勘違いだと想像される。

「モンスター・ファクトリー」は、売れないレスラーだったラリー・シャープが開校したレスラー養成所。その養成所が輩出した最初のスターレスラーがビガロだった。しかしプロレスライターの斎藤文彦氏がモンスター・ファクトリーを取材しようとしたところ、(たしか)ブラッド・レイガンズから横槍が入った。「モンスター・ファクトリーのようなプロレスごっこを教える所を取材するのであれば、今後の一切の取材を拒否する」だったと思う。

モンスター・ファクトリーは、プロレスファン相手に単にプロレスごっこを教えているだけに過ぎなかったらしい。幻のモスクワ五輪で金メダル確実と言われたレイガンズは、生徒に適性・素質がないことを教えるのも先生の役目と考えている。事実、モンスター・ファクトリーからはビガロの後、ソウルテイカー(後のパパ・シャンゴ、ゴッド・ファーザー)くらいしか選手を輩出していない。まあ、レスリング校の校長先生兼コーチがビガロのマネージャーに就任してるんだから当たり前かも。


         


北尾光司(双羽黒)のデビュー戦の対戦相手としての評価が今でも高いが、「俺はほうきとでもプロレスができる」と豪語したのは言い過ぎだったかも。WCWでもアメフトのスター選手相手に試合をしたが、結局一発屋が多かった。見ていて試合自体は違和感なかったが、to be continuedで次に期待が出来るような試合が出来るレスラーではなかった。結構新日に来日していたが、果たして新日はビガロを使いやすかったのか?使いにくかったのか?便利なレスラーだったのは間違いないが。

今でも印象深いのが、WCWに登場したシーン。WCWに「超大物の外敵」が登場したというストーリーだったのだが、テーマ・ミュージックを掛けて入場演出をする時代、逆に入場曲無しで登場させることでビガロがアポ無しで侵入してきた「乱入者」に仕立て上げられていた。160キロの大男がサングラス掛けて革ジャンで現れるシーンは、どこから見ても「乱入者」だった。あの時のWCWはエリック・ビショフ時代だったか??

セミリタイア後は、テイクアウト・レストラン「バンバン・ビガロズ・デリ」をオープンし、毎日レジに立っていたという。一度でよいから、ビガロから笑顔でテイクアウトをしたかった。きっとあの赤ちゃんのような笑顔で店頭に立っていたことだろう。ご冥福をお祈りします。

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